昨日、エントリーで目にして、心にひっかかっていました。特に私自身、そのような経験があるわけでもなく、真希さんとリアル面で知り合いであるわけでもなく、ましてや、その当事者のことを知っているわけでもないのですが。なぜか、私の心を捉えて離しませんでしたので書いておこうと思います。

■TB to いたたまれない・・・ by う・わ・き・も・の

以下、駄文につき。


なぜ人は自ら命を断つのだろう・・・。なぜ私は死なないのだろう・・・。

自死へと至る経緯は、もちろん、余人の計り知れないその人それぞれの独自のいたたまれない理由があるからなのでしょうが、死に至る結論へと自ら答えを導く前に残される者の思いを少しでも感じることはできなかったのでしょうか。残念でなりません。

死と言う事象は、人としての存在を無き物とするには一番の方法ではあると思いますが、それはその人本人自身の意識から言えることであって、残された者の中ではその人の存在というものは無くならず、いつまでも行き続けていくものだと思います。そして、自死であった場合、それはある種の自責の念にかられた痛みと共に・・・。

病気や事故で無くなるのであれば、言葉は悪いですが諦めもつくでしょうし、残された者の思いは時間と共に安らぎへと向かっていくでしょう。でも、その死が自死であった場合、「あの時私がこうしてあげられたら助けることができたのでは・・・」という、いつまでたっても答えの出ない思いと共に、残された者の中で死者は行き続けるのです。

だから私は自ら死という結論を出すことは無いと思います。

家族、友人、かつての恋人、かつての友人、残念ながら壊れてしまった関係・・・それらの中で私自身というものはかつて存在したものとして、今も存在するものとして、思いの差こそあれ生き続けているのです。だから自ら生きねばならない。どんなに苦しい思いがあろうとも、どんなに空虚な気持ちになろうとも、かつて私が誰かの中で生きた責任として・・・。何が起ころうとも、やがて終わりは誰の元にもやって来るのだから。