森のなかの海(上) (光文社文庫)
宮本 輝
光文社
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初めて宮本輝を体験したのは「青が散る」であった。とは言っても、83年に放送された、石黒 賢、二谷友里恵、佐藤浩市、川上麻衣子、清水善三、広田玲央名、大塚ガリバーなんかが出ていたドラマであったが。80年代の普通の大学生の青春ストーリー的な綺麗なドラマであったが、妙に印象に残る秀作であったように思う。

ドラマの印象をひきずりつつ「青が散る」の原作を読んで、案外と厳しくもやさしく暖かいが根底にはどこか冷めた人に対する視線と愛を感じ、ずいぶんとドラマの印象とは違うのだなぁと感じてはいたのだが、その後に映画化された「優駿」のあまりにも軽くて薄っぺらい印象が、宮本輝という作家の私の中での印象を長い間、固定観念化させてしまった一助となっていたのである。

それがために、これまでのところ、宮本輝は私の中では食わず嫌いな作家の一人であった。

ここのところ、二日に一冊というペースで本を読み飛ばしているのだが、そのほとんどが宮本輝氏の本であった。たまたま、私の奥さんが宮本輝のファンということもあり、かなりの本が手元にあったのと、私が読み散らかす本がなくなってしまったということもあったので、ちょっと読んでみるかというだけのことであったのだが・・・。


 
  


宮本輝氏の紡ぐ物語はとても良い。

 


氏の作品の読後感には、常に痛みと暖かさが混然と同居し、何とも咀嚼しきれない割り切れない感覚を抱きつつも、不快ではない何かがいつも存在している。それはなぜかと言うと、そこには予定調和であることは何も無く、人生とは決してきれいごとでは無く、人なんかはそんなに甘いものではない。けれども己の業をきちんと受け止め生を全うしていくところに人の美しさがあるというようなことを、物語を通じて表現しているからなのであろう。そのように思えてならない。


「心引き締め、初心忘るべからず。人間を見る目、いよいよ深く冷たく、そして暖からんんことを。」


常盤新平氏が「夢見通りの人々」のあとがきで書いていたのだが、宮本輝氏が「蛍川」で芥川賞を受賞した時に編集者よりもらった電報の一節である。

この一文を読んで、宮本輝氏の物語の読後感に味わう余韻がどこに端を発しているのかわかったように思う。


未だ、宮本輝氏の作品を読まれたことの無い方、一度、読まれることをお勧めする。