最後に見た風景

とか言ってる時点でシステムに囚われてるな、俺。(笑)


最近何だか満員電車の雰囲気が確実に悪くなってるな。俺が小学生や中学生、高校生時代に乗ってた時と比べてであるが。

みんな疲れてるんだろうけど、空気がよどんでる。空気が悪い。乗ってる人達、俺も含めてたが発散している感覚的な匂いというかオーラというか、とにかく気分が悪くなる輩が多い。

満員なのに携帯でメール打ってるやつ、無理やり本を読んでるやつ、人が乗ってきてるのに奥へ詰めようとしないやつ、邪魔くさくて迷惑なのに肩にかばんをかけてるねーちゃん、どいつもこいつも自分のことしか考えてない。そして、そんなことを思っている俺自身、他人に無頓着で、いかに自分が楽にいれるかを考えて電車に乗ってる。(笑)

でだ。

これって、マナーが悪くなったって言ってしまえばそれまでなんだけれども、そうじゃ無いんじゃないかと最近思うんだよね。

俺も含めて、たぶん他人にまで気が回らなくなるほど自分のことで目一杯になって疲れてるからなんだろうな、と。

今って、情報が到達するスピードも早いし、情報量も多いし、選択肢だってたくさんある。一言で言ってしまえば便利な世の中っていうやつなんだが、こいつを支えているのは我々人間なわけで、入出力をまかなう人間個体の処理能力には自ずから限界がある。

ゲタはかせてクロックアップしてみたって、アーキテクチャの旧さは否めない。1日が24時間であるのは変わらないし、眠らないで生きていられるわけでも無いし。

物が溢れ、情報が溢れ、世の中が便利になる。でも、それを生み出している我々人間は、物や情報が生み出されていくスピードでは変われない。だから、それらを処理するためにクロックアップして、ファンが回りっぱなしになって、挙句の果てには熱暴走する輩が出てくる。(笑)

便利な世の中というシステムを享受する目的でやってきたはずなのに、その巨大な車輪を回し続ける事が目的となってしまった、本末転倒な俺らという構図。(笑)

新しい情報に飛びつき、トレンドを追っかけ、何となく先頭グループのちょい後ろぐらいを走ってて、追いまくられてるつもりはさらさら無かったけれど、それも結局のところは、前の方にいるか後ろの方にいるかの違いだけで、システムを維持するためのシステムの一部であることに変わりは無かったと最近頓に感じるので(笑)、今年からは脱出不可能なシステムからちょい外れ気味の境界線上斜め上あたりの位置取りを目指して、人との関係性も含め、色んなことをシンプルにする方向で適当にやることにする。(笑)